村山談話・河野談話に未来はあるか?
第47回 スマラン慰安所「白馬事件」(その3)
朝日新聞は1992年(平成4)7月21日夕刊1面トップに
「オランダ女性も慰安婦に」という記事を載せた。
内容はスマラン慰安所「白馬事件」のBC級戦犯裁判資料
である。
さらに社会面の関連記事では裁判で有罪判決を受けた
元軍人と、インドネシアで抑留生活を体験した
オランダ人女性の証言を載せ、
その後も数度にわたって続報記事を出した。
朝日新聞はこの年1月の慰安婦問題謀略記事でまんまと
韓国を大炎上させ、宮沢首相(当時)を謝罪させるという
赫々たる戦果を挙げており、
次はオランダに火をつけようと企んだのだろう。
記事はインドネシア・バタビア(現・ジャカルタ)の
軍事法廷を「オランダ・ハーグの軍事法廷」と間違え、
被告12人のうち11人が有罪判決だったのを
「12人に有罪判決」と間違え、しかも後日出した訂正記事
では「9人」とさらに間違えるという杜撰さだった。
あくまでも「火つけ」が目的で、記事の正確さにまで
気が回らなかったのだろうか?
この時点から44年も前の、しかも前述のとおり信頼できる
資料とは言い難いBC級戦犯裁判の記録を持ち出し、
大々的な記事にして旧日本軍を断罪しているのだ。
しかも、戦犯裁判の判決理由は講和条約の発効と共に
無効になることも、日本とオランダの戦時賠償問題は
サンフランシスコ講和条約と1956年の日蘭議定書で法的に
解決していることも無視の無法行為である。
この記事をきっかけにオランダ人元慰安婦も名乗りを
挙げて証言を始め、東京地裁に提訴する者も現われた。
そしてオランダ政府は実態調査に乗り出すことに
なったのだった。(つづく)